伊藤さん、お元気ですか
明るい春を待つ朝
遅めの朝食の後、ダイニングから窓際に席を移してのティータイム
紅茶はマーガレットホープ農園のダージリンセカンドフラッシュ2025
庭の木々には葉がなく、枯れ木のように立ち尽くしている、冬。
外は寒いのにこの日差しのおかげで室内は暖房が要らない。
梅が見頃を迎えている。
梅の木の佇まいも芳しい香りも、とても好ましい。
群生している梅林の下を歩くだけでふうわりと漂ってくる梅の香も良いが
1本だけ立っている木の姿も美しく、顔を近づけてその香りを愛でるのも良い
そんな季節。
白梅を 一枝手折らん 君がため
昭和42年
大学生になって迎えた2月
お付き合いしていた同じサークルの先輩、2年生の伊藤さんと鎌倉でデート。
北鎌倉の駅を降りて、円覚寺や建長寺、東慶寺とゆっくりと寺院巡りをした。
詳細は覚えていない、残念、笑
帰宅して数日して届いた手紙の冒頭に書いてあった一句。
どこの寺院だったかで、梅林の下を歩いていたときに
ふと手を伸ばして小枝を折って、渡してくれた記憶。
梅の季節になると、思い出す。
馴れ初めは
大学生になって初めての夏のサークルの合宿の最後の夜
キャンプファイヤーの時に、疲れのせいか少し離れたところで蹲っていたら
伊藤さんが声をかけてくれた。
夏とはいえ、避暑地の夜は薄寒い。
肩にかけていた紺色のセーターを私の背にかけてくれて
負ぶって合宿所まで運んでくれた。
それから。
紺色のセーターを着ていて
口元の笑みはシニカルで
サークルの副支部長で
そんな印象の1個上の先輩。
桜の季節、お茶の水から、神田川を見ながら
土手の上の桜並木の下、手を繋いで新宿まで歩きましたね。
アカシアに寄って食べたロールキャベツ。
夏、サークルの親しい数人が伊藤さんの家に集まることになって
初めてのご自宅訪問。
中落合の駅に、別の先輩が迎えに来てくれた。
伊藤と付き合ってるの?
直球、笑
いいえ、と私。
当時サークル内ではなぜか秘密主義。
伊藤さんの部屋で歓談後、散開。
皆が帰ったあと、伊藤さんと2人、新宿御苑へ。
すぐに閉園時間になってしまったが、出なかった、笑
見回りにきたライトを茂みに隠れてやり過ごした。
2人だけの大冒険。
ベンチに腰をかけて、愛の讃歌をそっと口ずさんでくれた。
肩を抱かれて、そして、初めてのキス。
父が厳しくて、門限は8時までだった。
サークルで、総会があって門限が過ぎたので
終わったのでこれから帰ります、と電話をしたら、父が責任者に代われ、と。
幹事長の菅野さんが出て、電話口で相当怒られ、
電話を切ったあと、送ってくよ、と笑いながら言った。
平身低頭の私に、お父さん、心配なんだよ、と。
玄関先で仁王立ちの父に謝ってくれた。
数日後、大学から家に帰ると、
父が、今日伊藤という人が来たぞ、と私に告げた。
驚天動地。びっくり仰天。
要は、もう少し開放してあげてください、というような、直談判。
きちんと学生服を着てきた、学生証を提示した、
と父が言っていたように記憶している。
気に入ったようだった。
当時学生服は学生の正装だった。
普段の伊藤さんからは想像もつかない、笑。
見たかったなあ。
サークルからの帰り、
校庭で伊藤さんと待ち合わせて
イタリアンレストラン、なんてまだ珍しかった頃
新宿の雑居ビルの中の、チボリ、というレストランに行った。
初めて食べたピッツァ。アルデンテのパスタ。
テーブルには赤と白の格子柄のクロスがかかっていた。
もう場所は覚えてないが
夜、大きな木の下で、一面芝生の上。
横になって寝そべった伊藤さんのそばに座っていた私
伊藤さんが私の手をとって、そっと自分の上に置いた。
固かった。
びっくりしたが手を退けてはいけない気がしてそのままじっとしていた。
うっすらと知っていた男の人の変化を知った。
みんなみんな、断片的な記憶。
遠い遠い記憶。
でも、いまだに胸が震える甘い記憶。
伊藤さん、お元気ですか?

ハーフドールと一緒に春を待つ朝